ADHDであることを受け入れたら楽になった




私はADHD(不注意優勢型)の気質があります。

これまでの人生を振り返ってみても、コミュニケーションが上手くとれないことによって誤解が生じ色々と苦労してきました。

自分の不甲斐なさを責めていたので、いつもイライラして心が休まる時がなかったです。

そんな状況をなんとかしようと悩んでいた時、ADHD(不注意優勢型)の気質であることをこちらで知った瞬間、まさに私そのものだと思いました。
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これまで、自己啓発やコミュニケーションに関するセミナーや本を読んでいても、なんかしっくりこなかったけど、ADHD(不注意優勢型)であることがわかってからは、生まれ持ったものなので仕方ないことだと割り切ることができるようになりました。

ADHD(不注意優勢型)を受け入れることによって、どんどん気持ちが軽くなっていくのを感じます。

そこで、私のADHD(不注意優勢型)についての体験を紹介していきます。

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ADHDは周囲から理解されにくい

私は子どもの頃、じっとしていることができなくて「落ち着きがない」とよく親や学校で注意を受けてきました。

とにかく目立つことが好きで、授業でも率先して手を挙げるなど活発な子どもでした。

よく思われたいとか褒められたいとかいうよりも、思ったことを話さないといけないという衝動からです。

元気があってよいと受け入れる先生もいれば、授業の妨害をして邪魔をしていると捉える先生もいました。

まともな回答よりもピントがずれた回答が多かったのが理由です。

先生からすれば「扱いづらく面倒くさい生徒」と思われていた。

先生も我慢の限界に達し、自宅に電話を掛けてきて「困っているので何とかしてほしい」と苦言をしてきました。

親から「お前が授業中に手を挙げて発言するのは迷惑だから、今後一切手を上げずに大人しくしていろ!」と言われ、迷惑という言葉が子供ながらにショックを受けます。

これまで自分のしてきた振る舞いが急に恥ずかしくなり、自分の行動に自信がもてなくなり内向的な性格となってしまいました。

これがキッカケで、相手に刺激を与えないように身構えるようになり、いつも人の顔色ばかり気にするようになってしまいました。

そのことから、独りでいることに安らぎを抱くようになり、集団行動が苦痛と感じるようになりました。

「協調性がない」と一方的に決めつけられ、ずいぶん肩身の狭い思いをしてきました。

私の場合、人と話すのが嫌いなのではなく、価値観の合わない人と一緒にいるのがとにかく嫌なんです。

人のうわさ話や悪口、愚痴といった話を合わすのが、相手の感情もわかってしまうことから、余計に疲れてしまいストレスになるので、いつもその場から逃げだしたい思いでいた。

「アイツは変なヤツだ」と言われ、嫌われてしまうのがとにかく怖かった。

そんな人間関係によるストレスから夜寝れなくて、なんとかこの状況を打破しようと努力しているのに、周囲から「考えしすぎだよ」と簡単に片付けられてしまうことがたまらなかった。

自分だけが取り残されている絶望感。

このような心情を伝えても、まず理解してもらうのが難しいのが辛いですね。

ADHDは集団行動が苦手

私は集団で行動することが、子どもの頃からとにかく苦手でした。

特に小学校で男女5、6人が一緒になって形成された「班行動」というものが大っ嫌いでした。

給食を一緒に食べたり、放課後毎日のように遊ぶといったことを先生によって、強制的にさせられました。

何が嫌だかというと、気が合わないわがまま女と四六時中ともに行動するのがとにかく苦痛だった。

「誰とでも仲良く出来ない」と自分勝手と意図的に決めつけられ、悔しい思いをしました。

これって今思えば、従順なサラリーマンを育成するものだったんだなぁーと、最近気づきました。

当然、大人になっても集団行動が苦手であることは解消されず、色々と苦労します。

例えば、かつて勤めていた会社がいわゆるアットホームな雰囲気で、何かと社員一緒になって楽しむことをモットーとするところでした。

毎日、社長を囲んで食事をして、懇親会や食事会といったことが毎月行われ、一見すると和気あいあいとした職場と思われがちだけど、ADHDの私にとっては拷問でした。

社長が一緒ということで何かと気をつかい、人数が多くなると自分の立ち位置がわからなくなり、どう振舞っていいか頭がこんがらがってしまい、会話に集中することができなくなります。

最初は大目に見てもらえましたが、次第に反応がない自分に対して、周りももどかしさを感じるようになり、孤立していきます。

そんなことから、自己肯定感が低くなり、自信が持てなくなりました。

ADHDは手先が不器用

ADHDの人は、手先が不器用と言われますが私も該当します。

普通の人が簡単なことでも、私には上手くできないことがあります。

全体的に物を使って何かするといったことが苦手です。

小学校でやった図画工作は授業の時間中では完成することができなくて、いつも宿題として家に持って帰り自分ではできないので、親に手伝ってもらっていました。

運動も球技全般がダメでした。

例えば、バスケットではドリブル、バレーボールではサーブができないといった感じです。

また、私は料理を作るのが苦手です。

よく料理が出来ない女性はダメだと決めつける風潮がありますが、私も料理ができないのでよくわかります。

本当に作るのが面倒くさい人は別ですが、私のように手先が不器用でりんごの皮も満足にできない人にとって一連の作業は苦行です。

ADHDの仕事観

社会人になって、仕事をしていくうえでADHDであるが故に色々と苦労したことがあります。

私は手本を見せられて同じことをするというのができません。

頭の中で手順を思い出しながら、作業するということができないです。

頭に叩き込むように何度も同じことを繰り返せばできますが、学校と違い仕事の場合、そうはいかないのでとても苦労しました。

やり方の手順を憶えなければいけないので、怒られながらもメモをすることを了承してもらって、こと細かくオリジナルのマニュアル作って何とか対応をしてきました。

したがって、その都度マニュアルを確認しながらの作業なので、時間に制限を設けている仕事は私には向いていません。

また、口頭で話をしたことを復唱するといったことが苦手で、メモを取りながらでないと覚えられません。

紙に書かれたことを暗記して話すといったことも苦手です。

例えば飲食店で、接客担当の人がお客さんから注文のメニューを言われ、頭で覚えているのを見ると、普通の人にとっては当たり前でも、私にはできないことなので、尊敬をしますし、横柄な対応をするといったことは考えられません。

このような状況なので、電話応対がダメでした。

会社名や個人名といったことを聞き取り間違えることがよくありました。

電話での伝達事項をメモに書いて、簡潔にまとめて伝えるという能力も私にはないです。

後、決められた仕事を段取り通りこなすのであれば問題ないですが、突発的なものが入ると自分の中で順序だてていたものが崩れるので、また一から組み立てていくというのが私にとっては大仕事です。

頭の中がパニック状態になり、訳がわからなくなります。

自分の欠点を受け入れるまで遠回りをして転職を繰り返してきました。

自分の欠点を受け入れることによって、何が向いているのかがわかると、心が軽くなりました。

こうしてみると、人に左右されずに、自分のペースで仕事ができるネットビジネスは私に適していると感じております。

まとめ

ADHDについて、私の体験を交えて紹介をしました。

人が簡単に出来ることが出来ないもどかしさに絶望し、あなたも生きづらさを感じてきたと思う。

ADHDは周囲の理解が困難であることから、自分を受け入れずに現状のままでいると、あなたの人生は一生大きな損失となってしまいます。

なぜなら、環境を変えたとしても、あなたの目の前に手を変え品を替えて面倒な出来事が起こり、いつまでも損な役回りを取り続けることになる恐れがあります。

つまり、死ぬまで問題を抱えた状態なんです。

ADHDは周りの環境に大きく影響を受けやすいので、人間関係も含め苦手とするものは「見ない・聞かない・関わらない」と徹底的に距離を置くことが重要。

ADHDの特性を受け入れて、生活をしていくことが大事であると感じています。
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外面に目を向けるのではなく、自分の内面に向けることによって、本当の心を知ることができます。

私も自分軸で生きていくことによって、これまでの生きづらさが緩和され楽になりました。

あなたにも、自分を受け入れて幸せになってもらいたいです。

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