クリント・イーストウッドの集大成『グラン・トリノ』の感想




ネタバレ含みますので、ご注意ください。
本作は、簡単に言ってしまえば、妻を失って生きる気力を失った孤独な老人が、隣に越してきたモン族の少年と絆を深め、心を開き友情関係が芽生える作品。

 

人と触れ合っていく中で、変わりうるということ、誰しも自分では気づかない多面的な要素を持っていることを、改めて気づかされる。

 

それ自体は、そんなに珍しいことでもないけど、なぜ、ここまで観る人の心を揺さぶるのだろうか。
それは、ウォルトの心情の変化とタオの成長が丁寧に描かれているから。

 

ウォルトの尊い思いが、タオに受け継がれていくラストは、必見です。
過激な描写も多少あるけど、とても価値のある作品です。

 

そんな『グラン・トリノ』のあらすじと感想をご紹介します。

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あらすじ

予告動画はこちらになります。 ↓ ↓ ↓ ↓


フォードで50年間自動車組み立て工として勤め上げたウォルト(クリント・イーストウッド)は、最愛の妻を亡くし、デトロイトで愛犬と隠居暮らしをしている。

 

ウォルトは、朝鮮戦争においてたくさんの人を殺し、その罪悪感に苦しんで生きて来た。

 

その為、教会には背を向け、昔気質の頑固さ故に、息子たちとは、心は通わず、その家族からは煙たがれる存在。

 

そんな彼の誇りは、自分が製造に携わった72年式の『グラン・トリノ』である。
自動車産業は日本の車に押され、皮肉にも息子はトヨタのセールスマンになっていた。

 

そんなことから、かつて活気に満ちていた面影は薄れ、町は貧困層や移民が増え、荒れ果てていた。

 

ある日、ウォルトの隣に越してきたアジア系移民モン族の少年タンが、いとこのギャング仲間らにそそのかされて、彼が大切にしている『グラン・トリノ』を盗もうと忍び込むが、銃を構えたウォルトに見つかり、慌てて逃げだす。

 

数日後、ウォルトは買い物の帰りに、タンの姉スーが、黒人の三人組に絡まれているところ目撃し助けてやる。

 

当初、近所の住人たちを毛嫌いしたウォルトであったが、スーやタンと関わるうちに、信頼関係ができ、お互いに心を開いていく。

 

ウォルトは、タンとの交流で新たな活力と喜びを見出す。
タンも男としての自信を得て、成長していく姿は心が躍る。

 

しかし、そんなタンの変化にギャング達快く思わず付きまとうことから、ウォルトは制裁を加えるが、それが仇となり、タンとその家族に危害が加えられた。

 

復讐に燃えるタンを言い含め、ウォルトは単身でギャング達と決着をつけるべく、アジトへと向かう。

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クリント・イーストウッドの集大成


私は『ダーティー・ハリー』を観てから、イーストウッドのファンですが、ラストのギャング達のアジトへ「お礼参り」のシーンは胸が高鳴り、またワクワクしました。

 

なので、一瞬の出来事とは言え、無抵抗で銃弾を浴びて、息絶える結末には驚かされた。

 

『荒野の用心棒』なら胸に鉄板を仕込んでいるハズだし、『ダーティー・ハリー』なら自慢のマグナム44で敵をブッ放し、やっつけるだろうと彼の姿が私の頭を瞬時によぎった。

 

イーストウッドが演じたヒーロー達が、記憶として数多く残っていたのだ。
数多くの作品で、悪を暴力によって征してきたイーストウッドというイメージを自ら破壊し、それを超えるものにした。

 

最初、イーストウッドがお爺ちゃんになってからの作品、という程度の浅はかな予備知識しかなくて、「どうせ最後は悪党全員撃ち殺す」いつものパターンと思っていた自分が恥ずかしい!

 

実際、撃ち殺すことも物語の流れからいってありだと思うけど、全員殺れる保証はない。
一人でも逃がしてしまえば、またタオ一家に迷惑がかかる。

 

それに、自分が殺人者ともなれば、息子夫婦や孫たちにも迷惑をかける。
いろいろ考えた末の、あのラストだったのだろう。

 

本当の男の姿を見せられ泣きました。
こんな深い映画だったとは思いもよらなかった。

 

俳優人生の集大成として、円熟の境地に達したクリント・イーストウッドはやはり、いつまでも「男らしさ」を追求し、正義を体現する主人公がよく似合う。

 

コミカルな部分では不器用な演技が初々しく見えたし、シリアスなシーンでは本当にその辛さや重々しさが伝わってきた。

 

俳優・監督としての彼のすばらしい才能を改めて感じた。
いつまでも俳優と監督に頑張って頂きたいです。

 

後、『ダーティー・ハリー』についての記事も書きましたので、合わせてご覧ください。

クリント・イーストウッド主演『ダーティハリー』のあらすじと感想

2018.01.16

秀逸なストーリーに魅了される

物語は、三つの構成によって描かれています。
ウォルトは人種による偏見が強く、保守的な老人としての序盤。

 

タオがウォルトの大事にしている『グラン・トリノ』を盗もうとしたことがきっかけで、隣家と交流を持つようになり、タオの面倒を見ながら、交流を深めていく中盤。

 

そして、タオを執拗に絡むスパイダーたちに制裁をしたウォルトの行動が裏目となり、スーが暴行され、怒りに狂うタオの代りとなり、復讐を遂げるまでが終盤である。

 

ウォルトが咳と一緒に血が出るシーンは、命を捨てるラストの伏線として設定されている。

 

また、黒人三人組からスーを守るシーンも、クライマックスで、銃を抜くと見せかけて、ミスリードを誘うための伏線です。

 

そして最期、ウォルトは、戦争での罪を償うかのように、大いなる自己犠牲を果たし『グラン・トリノ』をタオに託す。

 

それは、まさに罪の全てを一身に背負い十字架に磔にされたキリストの姿と重なる。

 

だから、映画の最初と最後が教会の葬儀で、新米の神父が、しつこくウォルトに関わるのも納得がいく。

 

イーストウッドが、『ダーティハリー』を彷彿とした顔を見せるのも、全てはこのラストへの前振りでしかなかったのですね。

 

さすが、ツボを抑えたストーリーに脱帽です。

まとめ

久しぶりに、骨太のある映画を堪能できた感じがする。
年齢を超えた友情と思いやりが、胸を打つ。

 

ある程度は想像できそうな展開がしたけど、最後どう終わるのかってあたりが、緊張感ありましたね。

 

イーストウッドの演技が終始年老いたハリー・キャラハンそのものに見えた。
そして、描かれたのが人生の決着。

 

これは私の見解ですが、おそらく監督自身の行き着きたい終焉なのかなぁと感じた。
どんなアクション映画よりもカッコイイのは、言うまでもありません。

 

伝えたいテーマを明確に表現し、エンターテイメントに徹する。
そして、しっかりと感動させてくれる。

 

大作主義の映画と対極にある佳作として、オススメの作品です。

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